例年12月17日から19日までの三日間、浅草寺宝蔵門から本堂前にかけて約五十軒の羽子板屋が店を並べ、大勢の人出でにぎわう羽子板市という、行事が行われます。

もともとこの市は、江戸一番の盛況を誇った浅草歳の市の名残で、正月用品をはじめ、ありとあらゆる日用雑貨を商う店のなかに羽子板屋もあったという程度にすぎませんでしたが、文化文政のころから役者の似顔をあしらった押絵羽子板を売るようになってから人気が出て、明治の末頃には雷門から本堂までびっしりと羽子板屋が、並んだといいます。

その後時代の移り変わりとともに正月用品や日用雑貨を売る店が次第に数を減らしてゆく中にあって、羽子板屋だけが多く生き残り戦後になっていつの間にか、羽子板市の名前で呼ばれるようになった行事です。現在では浅草寺の本堂わきに神棚と注連飾りを売る店が数軒と、正月用の福寿草や盆栽を商う店が十軒ほど並びかろうじて歳の市の名残をとどめるだけの、さみしいものになっています。

また11月の酉の日には、おおとりと名前がついている神社の祭礼日に当たっていて、古くから酉のまちと呼ばれてきました。現在東京の酉の市といえば、浅草千束の鷲神社が有名ですがもともとは足立区花畑の大鷲神社が、元祖になっている行事です。縁起がいい特殊な行事として人気があり、現在浅草の酉の市には、熊手屋が百五十軒ほどたちにぎやかに、縁起物の熊手を売っている姿が見受けられたくさんの人たちでにぎわいます。
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